News Release

庭やベランダから新種!?

最も身近にみられるラン科植物「ネジバナ」の新種を発見

Peer-Reviewed Publication

Kobe University

image: (A) Inflorescence. (B) Close up of inflorescence. (C) Flower. Scale bars: 10 mm (A & B) and 5 mm (C). view more 

Credit: Photographed by Masayuki Ishibashi (A & C) and Kenji Suetsugu (B).

ラン科植物は、胡蝶蘭などのように華やかで美しい花を咲かせることで有名です。一方、高貴で珍しいというイメージを持たれがちなラン科植物でありながら、ネジバナは、芝生のような身近な環境でもよく見られ、古くから人々に親しまれてきました。このネジバナの仲間として、日本にはネジバナとナンゴクネジバナの2種が分布していることが知られています。但し、ナンゴクネジバナは奄美大島以南でしか見られないため、九州以北の「ネジバナ」はネジバナの1種のみと長らく考えられていました。神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授)、東北大学大学院農学研究科の陶山佳久教授、ふじのくに地球環境史ミュージアムの早川宗志准教授らの研究グループは、日本全国のネジバナの分類・生態学的な調査を行い、九州以北の「ネジバナ」の中に名前がついていない種が含まれることを解明し、今回発表された新種が最も多く見つかった八丈島の名を冠し「ハチジョウネジバナ」と命名しました。この新種は、可憐な花をつける美しい植物ですが、ネジバナ同様、芝生や公園などの身近な環境でみることができます。実は、今回の新種発表の証拠となった標本の中には、庭やベランダから勝手に生えてきた個体も含まれています。今回、新種と判明し名前がついたことで、ネジバナ同様、多くの人に親しまれる存在になることが期待されます。

本研究成果は、3月17日に、国際誌「Journal of Plant Research」にオンライン掲載されます。

研究のポイント

  • ネジバナは、万葉集の和歌に詠まれるなど古くから愛されてきた。長年1種と思われていた日本本土の「ネジバナ」が2種に分かれるという事実は、一般の方々の興味も引くものと思われる。
  • 今回の新種発表の証拠となった標本の中には、庭やベランダから勝手に生えてきた個体も含まれている。「ありふれた」植物が新種だったという事実は、驚きをもって迎えられると考えられる。


研究の背景
ラン科植物は、華やかで美しい花を咲かせることで有名です。一方、高貴で珍しいというイメージを持たれがちなラン科植物でありながら、ネジバナの仲間は、芝生や土手、公園などの人間の生活圏に近い環境で普通に見ることができ、我々にとって親しみ深い植物といえます(図1)。ネジバナ(捩花)の名は、花が螺旋状にねじれてつくことから名付けられた名前で、その面白い見た目とガラス細工のような可憐な花から、古くから人々に愛されてきました。ネジバナは、古くは万葉集にも詠まれ、江戸時代には盛んに栽培されていたことが知られています。

このネジバナの仲間として、日本では、九州以北に分布し6月以降に咲くネジバナと琉球列島以南に分布し3月ごろに咲くナンゴクネジバナが分布しています1。つまり、九州以北の「ネジバナ」は全てネジバナであると考えられていました。しかしながら、末次教授らが、予備的なネジバナの分類・生態学的な調査を行ったところ、花時期が4月~5月ごろと通常のネジバナと比べ1ヶ月以上早く開花し、子房や花茎に毛を持たない「ネジバナ」が九州以北に点々と分布していることがわかりました(図2)。実は「ネジバナ」の仲間では、「毛」の有無が分類において重要視されており、ネジバナとナンゴクネジバナも、子房や花茎の毛の有無が最もわかりやすい違いです。このため早咲きという生態的な違いも併せて考えると、私達が発見した「ネジバナ」は、ネジバナではなく、ナンゴクネジバナの新産地もしくは新種である可能性が浮かび上がってきました。

研究の詳しい内容
このような背景のもと、末次健司教授、廣田峻氏(大阪公立大学附属植物園)、早川宗志氏(ふじのくに地球環境史ミュージアム)、藤森祥平氏(筑波大学大学院生命環境科学研究科:研究当時)、石橋正行氏(埼玉県所沢市)、Tian‑Chuan Hsu氏(Taiwan Forestry Research Institute)、陶山佳久氏(東北大学大学院農学研究科)からなる研究グループは、さらに丹念に全国各地の「ネジバナ」を収集し、形態、開花時期、受粉様式、植物本体のDNA分析などの多角的な視点から、正体不明の「ネジバナ」の正体を検討しました。その結果、これらの「ネジバナ」は、ネジバナの変異個体でもナンゴクネジバナの新しい産地でもなく、正真正銘の「新種」と判明しました。この新種の「ネジバナ」は、九州(鹿児島県、宮崎県)、四国(高知県)、中部(愛知県、岐阜県)、関東(東京都、千葉県、茨城県)と広く分布することがわかりました。なかでも最も多くの個体が見つかった八丈島の名を冠し、和名 ハチジョウネジバナ、学名Spiranthes hachijoensisと命名しました。

形態的差異について
ハチジョウネジバナは、分布域が重なっているネジバナとは、毛がないことで外見でも区別できます。一方で、ハチジョウネジバナは、毛がないナンゴクネジバナとは一瞥しただけでは区別がつきません。このため、花を解剖しその内部構造を詳細に検討することにしました。この結果、ハチジョウネジバナは、ネジバナのみならずナンゴクネジバナとも、以下の特徴で区別できることがわかりました(図3)。

  • ネジバナやナンゴクネジバナの花粉塊には、粘着体(花粉を訪花昆虫に付着させるための接着剤のようなもの)がついているのに対し、ハチジョウネジバナの花粉塊には粘着体がない。
  • ネジバナやナンゴクネジバナの柱頭はほぼ円形で、小嘴体(自家受粉を防ぐ効果がある花粉塊と柱頭を隔てる仕切り)が発達しているのに対し、ハチジョウネジバナの柱頭は、チューリップ型をしており、小嘴体がない。


生態的差異について
ラン科植物が美しい花を咲かせるのは花粉の運び手を呼び寄せるためと考えられ、実際にネジバナやナンゴクネジバナは昆虫の助けなしでは受粉できないことが知られています。一方で、上述の形態的特徴からは、ハチジョウネジバナは、自家受粉できる可能性が示唆されました。

そこで、開花前のハチジョウネジバナに袋がけをする実験を行ったところ、推測通り昆虫類が花に訪れなくても高い確率で果実をつけることがわかりました。さらに開花しているハチジョウネジバナには、ハナアブやハナバチが訪れたものの、これらの昆虫に花粉が付着することはありませんでした。前述の通りハチジョウネジバナは、花粉を接着させる構造を持たないので、昆虫に花粉を運ばせるのは難しいのでしょう。つまりハチジョウネジバナは、ネジバナやナンゴクネジバナと異なり、昆虫に花粉の媒介を頼っておらず、もっぱら自家受粉していることがわかりました。

ハチジョウネジバナはネジバナと隣り合って自生することがあります。しかしながら、ハチジョウネジバナはそもそも早咲きのため、ネジバナと同時期に開花することはほぼありません。もし仮にネジバナとハチジョウネジバナが同時に開花し、昆虫がネジバナの花粉をハチジョウネジバナに運んだとしても、ハチジョウネジバナは開花とほぼ同時に自家受粉を完了させており、この2種が交じり合う可能性は皆無です2。ハチジョウネジバナとナンゴクネジバナも、受粉様式が異なり、かつ、分布域も異なるため(図4)、交配の機会はないと結論づけることができます。

植物本体の遺伝的差異について
DNA情報から、ハチジョウネジバナの仲間の進化の歴史を推定したところ、ハチジョウネジバナは、近くの場所に生育するネジバナではなく、遠く離れた場所に分布するナンゴクネジバナに近縁であることがわかりました(図5)。これは一見すると意外ですが、無毛という特徴を共有していることから納得のいく結果といえるかもしれません。その一方で、ハチジョウネジバナとナンゴクネジバナ間の遺伝的差異は、他の近縁種同士の遺伝的距離と同程度か、それ以上であることが証明されました。このことから、ハチジョウネジバナが、他のどの種類とも独立した存在であることが確かめられました。

前述の生態的差異の項目で述べたとおり、受粉様式や分布域の違いは、花粉の交流の機会を劇的に減らすと考えられます。ハチジョウネジバナとナンゴクネジバナが近縁であることも併せて考えると、ナンゴクネジバナと共通の祖先から、自家受粉能力を獲得した集団が分化し、新種「ハチジョウネジバナ」が誕生したと考えられます。

以上のようにハチジョウネジバナは、形態学的、生態学的、遺伝学的に、他のネジバナ属とは別の実体であり、「新種」と結論づけることができました。ネジバナは、日本で最も身近にみられるラン科植物として古くから愛されていました。その一方で、日本本土のネジバナは長らくの間1種と考えられていました。ありふれた「ネジバナ」が2種に分かれるという事実は、一般の方々の興味も引くものと思われます。今回発表された新種は、実際にネジバナ同様、芝生や公園などの身近な環境でみることができます。今回の新種発表の証拠となった標本の中には、なんと庭やベランダから勝手に生えてきた個体を変な「ネジバナ」としてご提供いただいたものも含まれています。今回、新種と判明しハチジョウネジバナという名前がついたことで、ネジバナ同様、多くの人に親しまれる存在になることが期待されます。

注釈
※1 ネジバナとナンゴクネジバナの他に、石垣島で1937年にホンコンネジバナの標本が採取されている。但し日本におけるホンコンネジバナの記録はこの1点のみである。その後80年以上発見されておらず、現存するかどうか不確かなため、ここでは2種として扱った。またネジバナには、白花をつけるシロバナネジバナなどの品種が知られている。但しこれらはネジバナの種内分類群であることから、ここでは全てネジバナとして扱った。
※2 ハチジョウネジバナは、花粉を昆虫に接着させる構造を持たないので、ハチジョウネジバナからネジバナへの花粉の移動は起こりえないと考えられる。このため、ここではネジバナからハチジョウネジバナへの花粉の移動のみを議論した。

論文情報
タイトル:

Spiranthes hachijoensis (Orchidaceae), a new species within the S. sinensis species complex in Japan, based on morphological, phylogenetic, and ecological evidence” (形態学的、系統学的ならびに進化学的証拠に基づく日本産の新種のネジバナ「ハチジョウネジバナ」)
DOI:10.1007/s10265-023-01448-6
著者:
Kenji Suetsugu, Shun K. Hirota, Hiroshi Hayakawa, Shohei Fujimori, Masayuki Ishibashi, Tian-Chuan Hsu, Yoshihisa Suyama
掲載誌:
Journal of Plant Research
 


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