News Release

原腸形成による人体の構築に関する考察

Peer-Reviewed Publication

Kumamoto University

image: After fertilization, a human embryo implants into the uterus (day 6-12) and gastrulation starts soon afterwards, with the primitive streak emerging at about day 14. Gastrulation allocates cell fates and spatial coordinates to epiblast cells, laying down the foundation of the human body. view more 

Credit: Dr. Guojun Sheng; Credit for the “Fetus in the womb” sketch by Leonardo Da Vinci: Royal Collection Trust / © Her Majesty Queen Elizabeth II 2021

(概要説明)
熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS)のSheng Guojun教授は、Alfonso Martinez Arias教授(ポンペウ・ファブラ大学、スペイン)、Ann Sutherland 教授(バージニア大学ヘルスシステム、米国)との共同研究で、原条 *1の系統発生および個体発生における概観と、羊膜類 *2(陸上で発生する脊椎動物)の原腸形成*3における原条の役割について解説し、原条構造の機能に関して胚性幹細胞(ES細胞)を用いる哺乳類の初期胚形成モデルの適用について考察しました。
本総説は、令和3年12月3日(米国東部標準時14時、日本標準時4日午前4時)に科学雑誌『Science』に掲載されました。

(説明)
[背景]
ほとんどの動物の身体は左右相称であり、2つの基本的な座標系を用いて組織されています。1つ目の座標系は、前後軸(頭―尾の軸)と背腹軸(体の後ろ側−前側の軸)に沿って細胞に空間的なアイデンティティーを与えるものです。2つ目は、細胞をグループ(胚葉)に分類するものです。人間を含むほとんどの動物では、外胚葉(皮膚、神経系、目などの元)、中胚葉(筋肉、骨、血管などの元)、内胚葉(腸、肺、肝臓、膵臓などの元)の3つの胚葉があります。発生の最も重要な時期の1つは、多能性を持ち分裂する少数の細胞が、この2つの座標系で分化プロセスを開始する時です。ヒトの個体発生では、受精後約2週間で原条と呼ばれる構造がみられる原腸形成と呼ばれる過程において、左右の相称性や胚葉の形成が始まります。原腸形成中に陥入する細胞は、山の斜面を転がり落ちる石のように、不可逆的なプロセスを歩み、最終的にはヒトの組織や臓器を構成する数百の細胞系譜の一つに分化します。

John Gurdon博士や山中伸弥博士(2012年ノーベル賞受賞者)らが開発した、分化した細胞を初期胚に近い未分化な状態に戻す技術の発達により、世界中の研究者が、実験室で多能性を有する原腸形成前のヒト(およびその他の哺乳類)細胞を培養し、生化学的な刺激を段階的に加えることで、これらの細胞を何百もの細胞系譜のいずれかに分化させることができるようになりました。しかし、これらの細胞を培養して機能する組織や臓器を作出することには、ほとんど成功していません。その理由の1つは、生体内での器官形成(臓器が作られる過程)は、原腸形成の直後に、胚葉の起源や空間的な座標が異なる細胞が足並みを揃えて器官の原基を作り始めるためです。これらの細胞は、その後の相互作用を経て、器官や動物種に特異的な増殖、三次元的な組織化、最終的な分化を経て、機能的に成熟していきます。このような器官の原基を試験管内で再現することは、幹細胞生物学や再生医療の研究において究極の命題といわれています。この命題を解明するには、原腸形成とそれに付随する原条を再現することが必要です。しかし、ヒトの発生においては、原腸形成や原条について厳密に解析されておらず、また、動物の原腸形成や原条に関して系統的に比較した文献では、誤った記述が散見されます。

[内容]
今回、Sheng教授らは、過去の研究を系統的に見直し、原条は羊膜類の発生において保存された特徴ではなく、哺乳類と鳥類の原条は独立して進化し、その形態的な出現につながる異なる細胞レベル以上のメカニズムを利用していることを証明しました。Sheng教授らは、胚盤葉上層(多能性細胞)からの胚葉の出現を媒介することに加えて、原腸形成の主な役割は、各胚葉で新たに形成された細胞に、細胞の運命や、空間的に相対する臓器・組織の原基を定める座標系を付与することであると強調しています。そして、複数の生体モデルや試験管内モデルにおいて様々な生体力学的パラメータを分析し、原条がなくても哺乳類の初歩的なボディプランが形成されることを予測しました。またSheng教授らは、現在、多くの国でヒトの胚研究における重要な倫理的監督基準として用いられている「14日ルール」(受精後14日目または原条の出現後にヒト胚を培養してはならない)を再評価し、科学的・倫理的な厳密さを確保するために、様々な利害関係者の合意に基づく議論を経て、代替となるランドマークを選択すべきであると提案しています。

 

[用語解説]
*1原条:動物の発生初期に胚盤葉上層が増殖しながら左右両側から細胞移動することによって、胚の後方に形成される線状の窪みのこと。
*2羊膜類:発生の初期段階において胚に羊膜を持つ動物のこと。爬虫類・鳥類・哺乳類の総称。
*3原腸形成:動物の胚発生初期の一段階。外胚葉、中胚葉、内胚葉、3種の細胞層を持つ原腸胚がつくられる過程のこと。



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