神戸大学大学院理学研究科惑星学専攻の平田直之助教、同大槻圭史教授、大島商船高等専門学校の末次竜講師から成る研究グループは、ボイジャー1号・2号とガリレオ探査機の撮影した画像を詳細に再解析し、木星衛星ガニメデに残る非常に古い溝状地形の方向の分布を調べました。その結果、それらの地形の方向が、ある点を中心に、ほぼ衛星全体にわたって同心円状に分布していることを発見しました。これは、この地形が衛星全体に及ぶ巨大な一つのクレーターの一部であることを示しています。さらに国立天文台が運用する「計算サーバ」を用いたコンピューターシミュレーションにより、この巨大クレーターは半径約150kmの小惑星が衝突した痕跡と考えられることを明らかにしました。これは太陽系で最大規模の衝突の痕跡です。
ガニメデはJAXA宇宙科学研究所も参加して推進されている木星氷衛星探査計画(JUICE計画)の探査目標であり、探査により本研究の結果が検証でき、木星の衛星系の形成と進化の解明が進むと期待されます。
この論文は7月15日に米国の国際学術雑誌Icarusにオンライン掲載されました。
ポイント
- 木星の衛星ガニメデにはファロウ(Furrow)と呼ばれる溝状の地形が多く見られることが知られている。
- 研究チームはNASAの惑星探査機ボイジャー1号・2号と、同じくNASAの木星探査機ガリレオが撮影したガニメデ表面の画像データを詳細に再解析した。
- その結果、ガニメデ表面に存在するほぼ全ての溝状地形は、ある同一地点を中心に同心円状をなしており、衛星全体に及ぶような多重リング構造をした巨大クレーターの断片であったことを発見した。
- 多重リングの最大半径は7800 kmに及び、太陽系内でこれまで発見された天体衝突の痕跡としては最大規模。
- 天体衝突シミュレーションを実施した結果、半径150 kmの小惑星が秒速20 kmの速度でガニメデに衝突したと考えれば、観測されている構造を説明し得ることがわかった。
研究の背景
1979年にボイジャー1号が、1980年にボイジャー2号が木星衛星ガニメデに接近し、その地表面の詳細な画像を取得しました。また1995年から2003年にかけて探査機ガリレオが木星を周回し、ガニメデの数多くの画像データを取得しました。ガニメデは太陽系最大の衛星で、冥王星や水星よりも大きな衛星です。その誕生や進化は、木星系の誕生と進化、そして太陽系の誕生と進化にも大きな関わりがあります。このため現在稼働中のNASAのJUNO探査機を始め、2030年前後にかけて、衛星エウロパに向かう予定のEuropa Clipperや日本も参加しているJUICEなどが計画・推進されています。
本研究では木星の衛星系の誕生や進化の一端を明らかにすることを目的とするとともにこれらの探査への貢献も目指して、ガニメデの画像データを再解析しました。特に私たちが注目したのは、ファロウ(Furrow)と呼ばれる溝状の地形です(図1)。これらはガニメデで最も古い地形であると考えられてきました。私たちはこの地形を解析することで、ガニメデの初期の歴史を復元できるのではないかと考えました。
研究の内容
ガニメデの表面は暗い領域(Dark Terrain)と明るい領域(Bright Terrain)に分類することができます。暗い領域は非常に古い地面で多くのクレーターが残っています。溝状地形があるのもこの地域です(図1)。しかし暗い領域はガニメデ表面全体の3分の1ほどしか残っていません。明るい領域は比較的新しい地面で、クレーターはほとんどありません。これらの2種類の地域はまとまって存在しているのではなくガニメデ全体に分散しています。溝状地形は暗い領域にしかなく、さらにその上に多くの衝突クレーター※1が後から形成されていることから、溝状地形はガニメデで最も古い地形であると考えられてきました。
本研究では、この溝状地形の分布をガニメデ全体にわたって再解析し、これらがある一点を中心に同心円状に分布していることを初めて明らかにしました(図2)。これは溝状地形がガニメデ全体に及ぶ巨大な多重リングであることを示しています。このことから、表面に明るい領域が形成される以前のガニメデに、衛星表面全体に及ぶ規模の多重リングクレーター※2が存在していたことが推測されました。類似の構造が、同じく木星の衛星であるカリストの表面に残っており、ヴァルハラクレーターとして知られています。しかしこれまで太陽系最大の多重リングクレーターとされてきたヴァルハラクレーターの半径は約1900 kmに過ぎず、今回新たに発見した半径7800 kmに及ぶガニメデ表面の巨大クレーターは、太陽系最大規模の衝突クレーターです。
私たちは、この巨大クレーターを形成した衝突の規模を推定するために、天体衝突シミュレーションを行いました。シミュレーションは国立天文台が運用する「計算サーバ」を利用して実施しました。その結果、半径150 kmほどの小惑星が秒速20 kmという速度で衝突したと考えれば、観測されている構造を説明し得ることがわかりました(図3)。そのような衝突はおそらく40億年以上前の出来事だろうと考えられます。恐竜を絶滅させた小惑星の大きさは15 kmほどだったと推定されているので、それよりもはるかに巨大な衝突であったはずです。
今後の展開
このような大規模な衝突の痕跡がガニメデに残っていることは、ガニメデの形成過程や進化において重要な意味を持ちます。例えば、同じく木星の衛星でガニメデとほぼ同じ大きさのカリストの内部は分化した層構造をもっていないと考えられる一方、ガニメデ内部は岩石と鉄と氷が分化した層構造をもっていると考えられています。このような分化を起こすには大量の熱が必要ですが、上に述べた大規模な衝突がその熱源となった可能性があります。
また本研究の発見は、今から約10年後に予定されているガニメデの探査計画においても重要な意味があると考えられます。ガリレオやボイジャーが得た画像データはどれも衛星表面のうち部分的なものでしかありません。今後の探査によってこの多重リング構造の全容の解明を進めるとともに大規模な衝突の痕跡についてさらに詳細な調査を行うことにより本研究の結果を検証でき、ガニメデの起源と進化について、さらには木星の衛星系の起源についてさらに理解を深め得ると期待されます。
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※1 衝突クレーター 小惑星や彗星がぶつかることによってできる円形のくぼ地 ※2 多重リングクレーター 衝突クレーター周辺に形成される、複数の環状の構造
論文情報 タイトル “A global system of furrows on Ganymede indicative of their creation in a single impact event” DOI:10.1016/j.icarus.2020.113941 著者
Naoyuki Hirata, Ryo Suetsugu, Keiji Ohtsuki
掲載誌
Icarus
Journal
Icarus