神戸大学大学院理学研究科の樋渡琢真 (博士後期課程3年)、安居佑季子研究員 (現・京都大学助教)、石崎公庸准教授らと、京都大学大学院生命科学研究科・河内孝之教授、および基礎生物学研究所・上田貴志教授、重信秀治教授、近畿大学生物理工学部・大和勝幸教授、理化学研究所環境資源科学研究センター・豊岡公徳上級技師、熊本大学大学院先端科学研究部・澤進一郎教授、テマセク生命科学研究所・浦野大輔博士らの共同研究グループは、基部陸上植物のゼニゴケを用いて、植物が無性的に増殖するためのクローン繁殖体:無性芽が作られる仕組みを明らかにしました。今後、農業や園芸分野で植物を効率よく増やす技術開発の基盤的な知見となることが期待されます。
この研究成果は、10月10日 (米国東部標準時) に、米国の学術誌「Current Biology」に掲載されました。
ポイント
- > コケ植物ゼニゴケで体細胞クローン繁殖体の発生を開始するために重要なKARAPPO(「空っぽ」) 遺伝子を発見した。
> KARAPPO遺伝子がコードするタンパク質は、細胞の伸長や非対称分裂を制御する低分子量GTPアーゼタンパク質ROPの活性化因子 (RopGEF)であった。
> KARAPPO遺伝子と同じ種類の遺伝子は、様々な陸上植物の生理現象や形づくりに重要な働きをもつことが知られている。
> 本研究成果は、植物の柔軟な形づくりの仕組みとその進化の道筋に、新しく普遍的な理解をもたらす。
研究の背景
多くの植物は、受精を介した有性生殖の他、1つの個体が単独で新しい個体を形成する無性生殖により増殖することができます。中でも根や茎や葉といった栄養器官から独立した個体を形成する無性生殖の様式は、栄養繁殖と呼ばれます。栄養繁殖でつくられた個体は、親個体と同じ遺伝型をもつ体細胞クローンです。栄養繁殖は、優れた性質をもつ個体を安定的かつ迅速に繁殖させることができるため、農業や園芸分野でも重要な現象として注目されてきました。例えば塊根をつくるサツマイモなどのイモ類を始めとして、地下茎で増えるジャガイモ、葉の付け根にムカゴを形成する山芋、葉の周縁部に芽を形成するカランコエなどが挙げられます。しかしながら、いったん分化した栄養器官の細胞からどのように独立した個体が形成されるのか?その仕組は不明でした。
本研究グループは、植物進化の基部に位置するコケ植物ゼニゴケ※1が栄養繁殖の仕組みをもつことに注目しました。ゼニゴケは、その体の表面に杯状体という器官を形成し、その中に無性芽を大量につくることで栄養繁殖を行います (図1)。ゼニゴケの無性芽は、杯状体の底に位置する表皮細胞が非対称分裂※2という特殊な細胞分裂を行い、その形成が始まることが知られていました。しかし、その分子メカニズムは全く分かっていませんでした。
研究の内容
ゼニゴケは、約5億年前に緑藻類から進化し、陸上へと進出した祖先植物の特徴を供えていると考えられています。今回、杯状体は形成するが中に無性芽を全く形成しないゼニゴケ変異体を2系統見出しました。次に次世代シークエンサー解析※3により変異体の全ゲノムを解読したところ、2系統とも同じ遺伝子に変異があることが明らかとなり、その遺伝子をKARAPPOと名付けました。変異の入っていない正常なKARAPPO遺伝子を変異体に導入すると、無性芽の形成が回復したことから、KARAPPO遺伝子は無性芽形成に必要不可欠な機能をもつことが分かりました。KARAPPOの遺伝子名は、その変異体の杯状体が文字通り「空っぽ」な様子から名付けられました (図2)。
KARAPPO遺伝子がコードするKARAPPOタンパク質はどのような働きをもつのでしょうか?さらに解析をすすめたところ、KARAPPOタンパク質は、細胞の伸長や非対称分裂を制御する低分子量GTPアーゼタンパク質※4の一種ROPを活性化する働きをもつRopGEFであることが明らかになりました。以上のことから、KARAPPOはROPを活性化することで、杯状体の表皮細胞の非対称分裂を引き起こし、無性芽のもととなる細胞を作り出す働きをもつと考えられます (図3)。
今後の展開
植物の栄養繁殖メカニズムの研究は、農業・バイオテクノロジーの発展と技術開発に革新的な進展をもたらす可能性を秘めています。今後、KARAPPOが制御するROPシグナル伝達経路を明らかにすることで、植物の体細胞から新たな個体を生み出す具体的なメカニズムが明らかとなり、栄養繁殖についての基本的な知見が得られると期待されます。
また、KARAPPO遺伝子がコードするROPの活性化因子RopGEFは陸上植物に広く保存されており、さらにコケ植物からシダ植物、種子植物と進化の段階が進むにつれて多様化しています。ゼニゴケをモデルとした研究から、陸上植物に普遍的に存在するROPを介した細胞の伸長や非対称分裂の制御メカニズムやその機能の多様化について、新たな知見が得られることが期待されます。
用語解説
※1 ゼニゴケ:
コケ植物タイ類に属する (学名Marchantia polymorpha)。2017年に全ゲノム配列が解読され、実験室での培養が容易、遺伝子導入や遺伝子改変が容易などの理由から、新たなモデル植物として注目されている。
※2 非対称分裂:
ある細胞が分裂してできた2つの細胞の形や運命が異なる場合、その分裂を非対称分裂と呼ぶ。多細胞生物の発生の際に、細胞の多様性を生み出す基本的な仕組みである。
※3 次世代シークエンサー解析:
短いDNA断片を大量かつ同時に解析する手法。短時間で全ゲノムDNAや網羅的な遺伝子発現状態の解析が可能。
<
p>※4 低分子量GTPアーゼタンパク質:
グアノシン3リン酸 (GTP)を結合するタンパク質で低分子量のものの総称であり、様々な細胞内プロセスの制御を司る。各低分子量GTPアーゼタンパク質は、それぞれ特異的な活性化因子 (GEF)の働きによりGTPを結合する活性型へと変換されることにより、下流へシグナルを伝達する分子スイッチとして働く。
謝辞
本研究は神戸大学を中心に、京都大学、基礎生物学研究所、近畿大学、理化学研究所、熊本大学、テマセク生命科学研究所の協力により行われました。また、本研究は以下の研究助成を受けて行われました。
科学研究費新学術領域研究 (No. 25113009, 25119711, 25114510, 17H06472)
科学研究費基盤研究 (B)(No. 15H04391, 19H03247)
科学研究費若手研究 (No. 18K14738)
基礎生物学研究所 共同利用研究
旭硝子財団研究助成
サントリー生命科学財団 SUMBOR GRANT
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Current Biology