東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科発生発達病態学分野(小児科)の森尾友宏教授、理化学研究所生命医科学研究センター免疫転写制御研究チームの谷内一郎チームリーダーの研究チームは、米国国立衛生研究所(NIH)、ロックフェラー大学、千葉大学、広島大学、かずさDNA研究所との共同研究で、新しい免疫不全症(AIOLOS異常症)を同定し、その病気の発症機構が、ヘテロマー干渉阻害という機序によるものであることを初めて明らかにしました。
この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Nature Immunology (ネイチャー・イミュノロジー)に、2021年6月21日にオンライン版で発表されました。
【研究の背景】
ヒトでは、数千以上の遺伝疾患(遺伝子異常症)が知られています。遺伝子異常症というと、その遺伝子がコードするタンパク質の機能が落ちたり(機能喪失、機能低下、優性阻害)、逆にタンパク質の機能が強くなりすぎて暴走したり(機能亢進)して、病気になるものと理解されてきました。一方、多くのタンパク質、とくに細胞内のシグナルに関わる分子や遺伝子の発現をコントロールする分子は、他のタンパク質と共に複合体を作って機能しており、実際には遺伝子単独の機能の変化だけでなく、他の分子の機能に影響を与えて病気を起こしていることもあると考えられます。
【研究成果の概要】
研究グループは、B細胞欠損などのリンパ球の異常がみられた免疫不全症の家系例の網羅的な遺伝解析により、AIOLOS※1というリンパ球分化を司る分子の異常を世界で初めて発見しました。AIOLOSは転写因子で、同じ転写因子ファミリーに属するIKAROSなどと複合体(ヘテロダイマー※2)を形成してリンパ球分化に必要な遺伝子の働きを調整しています。
患者に同定された変異は、AIOLOSの機能に重要な部位の1つのアミノ酸が他のアミノ酸に変化する変異でした。この変異は、AIOLOS自体の機能の低下とともに、ヘテロダイマーの形成を介してIKAROSの機能を強く抑えて、リンパ球の分化を障害して重症の免疫不全症が発症することを、モデル細胞や患者変異を導入したマウスモデルを用いて証明しました。AIOLOSの欠損・機能障害だけでは説明ができない、より重症な疾患が発症することになります。
また、患者変異を導入したマウスに遺伝子編集技術(CRISPR/Cas9※3)を用いて、AIOLOSがIKAROSと結合する部位を取り除く遺伝子治療を行いました。この遺伝子治療により、患者変異導入マウスに見られたリンパ球の分化障害が改善することを明らかにしました。
【研究成果の意義】
この発症メカニズムは今まで提唱されてきた遺伝子異常の発症機構と異なりますので、heteromeric interference(ヘテロマー干渉阻害)という名称を提唱しました。複合体を形成する分子の異常では、このように、いつもは仲間となって働く他の分子の働きを抑えたり、あるいは促進したりして、病気が発症している可能性があります。また同じ遺伝子の異常でも思いがけず重症となったり、思わぬ合併症を起こしたりすることがあります。このような場合にも、複合体を形成する他の分子への影響を考慮する必要があります。今回のように、1つ1つの遺伝子変異をマウスモデルなどで丹念に検証することで、病気の本態がより明らかになるものと思われます。
また病態が明らかになれば、治療開発にも役立ちます。将来的には、ヘテロマー干渉阻害による病気に対して、他の分子との結合を阻害する治療アプローチを示すことができました。また、異常な分子がヘテロダイマーを形成するのをピンポイントで抑える薬を開発すれば、より有効な治療となるものと考えています。
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【用語解説】
※1AIOLOS
IKZF3遺伝子によりコードされるリンパ球分化を調節する転写因子の一つ。IKZF転写因子ファミリーに属し、このファミリーのIKAROSはすでに免疫不全症の原因遺伝子として知られる。
※2ヘテロダイマー
異なる種類の2つの分子同士が結合して(二量体化)形成する複合体。異なる分子複数が結合して形成された複合体はヘテロマーと呼ばれる。一方で同じ2つの分子が結合して形成する複合体はホモダイマーと呼ばれる。
※3CRISPR/Cas9
近年注目され、最も多く応用されている遺伝子編集技術の一つ。ゲノム上の任意の配列に対してDNA二重鎖切断を誘導することができ、修復の際に目的の遺伝子変異を導入することができる。
Journal
Nature Immunology