News Release

AIとスーパーコンピュータシミュレーションにより、細菌のエネルギー変換酵素がナトリウムイオンを輸送する仕組みを解明 ―新規抗菌薬開発への道を拓く―

Peer-Reviewed Publication

National Institutes of Natural Sciences

要約

  • ・ Na⁺-NQR酵素は、コレラ菌などの病原性細菌におけるエネルギー産生に不可欠であり、新しい抗菌薬の有望な標的として注目されています。
  • ・ 研究チームは、改変した人工知能技術と大規模なスーパーコンピュータシミュレーションを組み合わせ、この酵素がナトリウムイオンを輸送する際に見せる、隠れた動的な構造変化を可視化しました。
  • ・ その結果、ナトリウムイオンの結合と電子移動が精密な「二重の引き金」として働き、酵素の特定のサブユニットを段階的に変形させることで、ナトリウムイオンを細胞膜の内側から外側へ汲み出すことが明らかになりました。
  • ・ このポンプ機構の解明は、細胞内のエネルギー変換分子機械を理解するための強力な計算科学的枠組みを提供し、標的選択性の高い抗菌薬設計の加速につながることが期待されます。
     

本文

 コレラの原因となる細菌を含む病原性細菌は、エネルギーを生み出すために、Na⁺ポンプ型NADH-キノン酸化還元酵素(Na⁺-NQR)と呼ばれる特殊な酵素を利用しています。この酵素は分子機械のように働き、細胞内からナトリウムイオンを汲み出すことでエネルギー勾配を形成し、遊泳運動や栄養取り込みなど、微生物の生命活動に不可欠な機能を支えています。Na⁺-NQRの全体構造は、ヒト細胞に存在する対応するエネルギー変換酵素とは全く異なるため、細菌に選択的に作用する抗菌薬の標的として有望視されています。しかし、この酵素が電子を受け渡しながらどのように構造を変化させ、ナトリウムイオンを輸送しているのか、特にどの部分がどのように動くのかについては、十分には解明されていませんでした。この高速かつ複雑な構造変化を明らかにすることは、酵素が働くために必要なエネルギー条件を理解し、将来的にその分子機械を効果的に阻害する薬剤を設計するうえで重要です。

 研究チームは、一瞬しか現れない分子の動きを捉えるため、人工知能とスーパーコンピュータシミュレーションを組み合わせた新しい計算科学的手法を用いました。AI構造予測ツールAlphaFold3の標準設定では単一の静的構造しか得られなかったため、浅い配列アラインメントや特定の構造テンプレートを用いる改変手法により、通常は見えにくい遷移状態の構造を予測させました。さらに、得られた多様なAI予測構造を出発点として大規模な分子動力学シミュレーションを行い、マルコフ状態モデルと呼ばれる数理手法を適用することで、酵素の構造変化の経路とエネルギー地形を解析しました。

 シミュレーションにより、ナトリウム輸送を担うNqrDおよびNqrEサブユニットがどのようなエネルギー条件と段階的経路によって働くのかが明らかになりました。これらのサブユニットは、細胞内側に開く状態、ナトリウムイオンを一時的に閉じ込める閉塞状態、そして細胞外側に開く状態を順に取る「交互アクセス機構」によって、ゲート付きチャネルのように機能することが分かりました。この構造変化のサイクルは、酵素内の特定の鉄硫黄クラスターが電子を受け取った後、その近傍にナトリウムイオンが結合することで直接駆動されます。数理モデルの解析から、閉じ込められた閉塞状態から外向きに開いた状態へ移行する過程が最も遅い律速段階であり、内向き状態から外向き状態までの一連のサイクルには約1.5ミリ秒を要することが示されました。一方、鉄硫黄クラスターが電子を失うと、酵素はナトリウムイオンを必要とせずに構造をリセットし、次の輸送サイクルに備えることが分かりました。

 本研究は、Na⁺-NQRの精緻な構造変化サイクルを明らかにすることで、電子移動によって駆動される細胞内ポンプが原子レベルでどのように機能するのかを示す詳細な設計図を取得しました。この深い機構理解は、有害な細菌におけるナトリウムイオン輸送を特異的に阻害する新規抗菌薬の開発に向けて、重要な手がかりとなります。さらに本研究は、改変したAI構造予測と高度な分子シミュレーションを統合することで、複雑なタンパク質の隠れた動態を捉えられることを実証しました。この革新的な計算科学的枠組みは、今後、生命システムにおけるさまざまな分子機械や輸送体タンパク質の解析にも応用できると期待されます。
 


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