image: アゾラと共生のイメージ図 view more
Credit: 普久原エリカ(OIST)
植物と微生物は、栄養や住処を互いに提供し合う共生関係を築くことが多くあります。こうした共生の仕組みを理解し、応用することは、食料安全保障、炭素回収、生態系の再生といった地球規模の課題に取り組む上で重要な一歩となります。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、現在注目の集まるアカウキクサ属のシダ植物「アゾラ」における微生物群集とその共生関係について詳細な研究を行い、新たな知見を明らかにしました。研究成果は、科学誌『The ISME Journal』に掲載されました。
「アゾラは非常に興味深い植物です。成長が早く、ほぼすべての大陸に分布しています。微生物との共生によって窒素固定能力に優れているため、バイオ肥料や家畜飼料のタンパク源として研究されてきました。さらに興味深いのは、約5000万年前の地球寒冷化の時期の化石サンプルから、大量のアゾラの胞子が発見されたことです。この時期は、二酸化炭素濃度の低下により大気が冷却されたと考えられており、アゾラは二酸化炭素隔離(カーボンキャプチャー)の可能性を持つ植物としても調査が進められています」と、本研究の著者で、OIST統合群集生態学ユニットを率いるディヴィッド・アミテージ准教授は説明しています。
研究チームが注目したのは、アゾラの葉にある小さな空洞「葉のポケット」に棲む微生物群集です。どの細菌がどのアゾラ種に存在しているのか、どのような共生関係があるのか、そして共生細菌は自由生活性の近縁種と比べて進化がどのように異なるのか?――これらの疑問に答えることで、アゾラの基本的な理解を深めるとともに、微生物生態学や分子工学の新たな研究分野を切り拓くことを目指しました。
共生微生物と自由生活性微生物の分離
研究チームがまず明らかにしようとしたのは、シダの葉のポケットの中にどんな微生物がいて、どのように共生しているのかということでした。これまで世界中で行われた野外調査で、アゾラの葉のポケットには多様な細菌が存在することが報告されていましたが、今回の研究では、シアノバクテリア(藍藻)の一種 Trichormus azollae (T. azollae) のみが、真の共生生物であることが確認されました。
多様なアゾラから葉のポケットのサンプルを採取し、微生物のゲノムを再構築した結果、すべての葉のポケットに存在するのはT. azollaeのみであることが判明し、これがこの植物の唯一の共生細菌であることが示されました。「一部のサンプルで他の細菌が検出されましたが、これらは一時的に存在していただけと推測されます」とアミテージ准教授は話します。
この発見を受けて、研究チームは T. azollae を詳細に調べることにしました。シアノバクテリアは多様な植物と共生関係を築き、窒素生産に長けていることから、食料安全保障の観点でも注目されています。共生シアノバクテリアを作物に導入することで、栄養供給を支援できる可能性があるのです。
共生がもたらす遺伝的影響
研究チームは、共生型の T. azollae シアノバクテリアと、自由生活性の近縁シアノバクテリアを比較することで、共生がゲノムに与える影響を調べました。その結果、共生型のゲノムが極端に崩壊した状態になっていることを発見しました。このことが、共生型が宿主植物の外では生きられなくなった理由を説明できる可能性があります。「共生型では、自由生活性に比べ、機能する遺伝子よりも、偽遺伝子の方が多く見られました。30〜50%の遺伝子が失われていたのです」と、アミテージ准教授は説明します。
このような遺伝子の崩壊の原因を突き止めるには、自然選択や、重要な機能を担う遺伝子にかかる進化的圧力を考えることが有効です。遺伝子に突然変異が起こったときに、それが生存に有益である場合、または有害である場合、自然選択によって選択されたり除去されたりする可能性があります。これらの偽遺伝子は、例えば遺伝子の機能が不要になった場合など、選択圧が弱まったときに発生すると考えられています。突然変異は蓄積され、最終的に遺伝子が機能しなくなり、いわゆる「偽遺伝子」となります。より長い進化の期間にわたって、このような偽遺伝子は除去される可能性があり、結果としてゲノム全体の縮小が生じます。
研究チームは、共生型とその自由生活性の近縁種の間で異なる進化を遂げた機能に関連する遺伝子を特定しました。それらは、「接着」「細胞内輸送」「分泌」「小胞輸送」に関連する遺伝子で、共生型において、より高い発現量と存在量が予測されました。これらの遺伝子は、シアノバクテリアが葉のポケット内に定着し、窒素固定を通じて宿主に利益をもたらす可能性があります。一方で、「防御機構」「ストレス応答」「複製」「修復」に関連する遺伝子は、選択圧が弱まったためか、偽遺伝子化していることが示されました。これは、ポケット内に生息する共生細菌が、ストレスのない環境下にあったことを示唆しています。
基礎研究から食料安全保障へ
これらの結果から、研究チームは、より多くの科学者がゲノムに関する知見を活用することで、共生に関与する遺伝子の研究がさらに進展することを期待しています。アミテージ准教授は次のように締めくくっています。「私たちの目標は、この研究が一つの道しるべとなり、窒素固定作物の開発を通じて、食料安全保障などの地球規模の課題に取り組むための指針となることです。植物と微生物の共生関係は、その仕組みや理由が解明できれば、数多くの可能性が広がります。アゾラの例は、共生関係が極めて密接で、最も極端な事例の一つです。」
Journal
The ISME Journal
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
Adaptive pangenomic remodeling in the Azolla cyanobiont amid a transient microbiome
Article Publication Date
29-Jul-2025
COI Statement
The authors declare no conflicts of interest.