image: 実験に使ったグレア錯視の例。左右の図形を比較すると、8つの丸で囲まれた中央領域は、左(グラデーションあり)のほうが、より明るく知覚されることが知られている。実際は左右の図形の中央領域はどちらも同じ明るさである。 view more
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<概要>
豊橋技術科学大学大学院工学研究科情報・知能工学系認知神経工学研究室と名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学専攻星野研究室の研究グループは、統合失調症のある人は、一般の人と比べて「グレア錯視(glare illusion)」という錯視をより知覚しやすいことを明らかにしました。グレア錯視とは、周囲の明るさのグラデーションによって、中央の領域が実際よりも明るく見える錯視現象です。今回の発見は、統合失調症の人がどのように視覚情報を処理しているかを理解するための、一つの手がかりとなると考えられます。この研究の結果は、2025年5月19日付でSchizophrenia Research: Cognition誌上にオンライン版が掲載されました。https://doi.org/10.1016/j.scog.2025.100366
<詳細>
私たちは日常生活の中で、周囲の明るさや物体の形、大きさなど、さまざまな視覚情報をもとに世界を認識しています。しかし、私たちが見ている世界は、物理的な光や刺激をそのまま知覚しているわけではなく、脳が補完や解釈を加えることで作り出されています。このような、実際の物理的刺激とは異なって見える現象を「錯視」と呼びます。錯視の感じ方には個人差があり、その見え方を研究することで、私たちの知覚のしくみを理解する手がかりにつながります。
近年、統合失調症のある人は、錯視に対して一般の人とは異なる反応を示すことが知られてきました。統合失調症は、現実の捉え方に変化が生じる精神疾患で、幻覚や妄想といった症状のほか、注意や感情、社会的なやりとりにも影響が出ることがあります。こうした脳の情報処理の違いが、視覚にも影響を及ぼしている可能性があります。
本研究では、特に「明るさの錯視」のひとつである「グレア錯視」に注目しました(図1左)。グレア錯視とは、周囲に明るさのグラデーションがあると、中央の領域が実際よりも明るく見える現象です。例えば、ライトが光っているような見た目になり、過去の研究では、より明るく見えるだけでなく、輝いて知覚されることも報告されてきました。
研究チームは、30名の統合失調症のある人と34名の一般の人を対象に、グレア錯視をどのように知覚するかを実験で調べました。参加者は、タブレットPCのディスプレイ上に呈示された2つの図形を比較し、中央の領域の「どちらがより明るく見えるか」を判断する課題に取り組みました。実験には様々な明るさを持つ図形が使われました。この実験は、参加者が普段よく過ごす部屋で行われ、外から太陽の光が直接ディスプレイに当たらないように設定されていました。また、そのディスプレイの輝度(物理的な明るさ)は正しく出力されるように厳密に調整されていました。
実験の結果、統合失調症のある人は、一般の人に比べて、グレア錯視がより明るく見えやすいことが分かりました(図1右)。このグレア錯視の感じやすさは、「夕方になると目が疲れやすいとどの程度感じますか?」といったようなアンケート結果との関連は見られませんでした。よって、単に目が疲れやすい人だから明るさの錯視を知覚しやすかった、というわけではないようです。また、各群内での個人差も統合失調症のある人たちのほうが大きかったです。なぜ錯視を明るく見えやすいのか?については、統合失調症に特有の視覚処理の違いが影響しているのではないか、と研究チームは考えています。本研究の結果だけで診断や予測に使えるとは言えず、あくまで視覚的な傾向の一端を明らかにしたものですので、今後も慎重な議論が必要です。
本研究の第一著者である豊橋技術科学大学大学院工学研究科情報・知能工学系の田村秀希助教は「錯視の見えやすさには個人差がありますので、単に錯視が見えるから・見えないからといって、何かを気にする必要はありません。私も錯視がよく見えないことがあります。同じ図形にもかかわらず、多様な見え方が生じるという視覚のしくみに興味があるので、今後もそれを探求していきます。」と説明しています。
<今後の展望>
今回の成果は、統合失調症における視覚処理の特性をより深く理解するための基礎となるものです。今後は、錯視と脳機能の関係性をより詳しく明らかにし、視覚認知の観点から統合失調症を多面的に理解することを目指します。
<謝辞>
本研究はJSPS科研費 JP22K17987、および世界で活躍できる研究者戦略育成事業(文部科学省)の採択事業である「世界的課題を解決する知の「開拓者」育成事業」(T-GEx)の支援を受けたものです。
<論文情報>
Tamura, H., & Hoshino, A. (2025). The glare illusion in individuals with schizophrenia. Schizophrenia Research: Cognition, 41, 100366. https://doi.org/10.1016/j.scog.2025.100366
Journal
Schizophrenia Research Cognition
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
The glare illusion in individuals with schizophrenia
Article Publication Date
19-May-2025