News Release

シナプス小胞サイクル数理モデルが脳のシナプスの内部機構を解明

人間の脳機能に不可欠なシナプス小胞サイクルが高度なモデリングシステムによって明らかになりました。

Peer-Reviewed Publication

Okinawa Institute of Science and Technology (OIST) Graduate University

テザリングの効果を示す神経伝達物質の放出アニメーション

video: 小胞融合とテザリングの動画。動画中央左の活性領域で、ドッキングした小胞(濃い青色)が膜と融合し、内容物を放出後、近くのテザリングされた小胞に迅速に置き換えられ、高速で持続的なシナプス伝達を実現する。 view more 

Credit: Gallimore他(2025年)

私たちはどのように考え、感じ、記憶し、行動するのでしょうか? これらのプロセスには、小さな袋のようなシナプス小胞を用いて、神経細胞間で化学信号を伝達されます。この度、シナプス小胞の循環を前例のない詳細さで数理モデル化することに成功し、脳の機能に関する新たな知見を明らかにしました。

科学誌『Science Advances』に掲載された本研究は、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とゲッティンゲン大学医療センター(UMG)による共同研究です。本研究では、シナプス小胞、その細胞環境、活動、相互作用の複雑な相互関係を考慮した独自の計算モデリングシステムを用いて、小胞がシナプス伝達をどのように支えているかを再現しました。このモデルは、これまで試験されてこなかった高頻度刺激条件下での小胞の挙動を予測し、シナプスの働きについての知識を深めることに役立ちます。

「最近の技術の進歩により、実験科学者はますます多くのデータを取得できるようになりました。現在の課題は、さまざまな種類のデータを統合・解釈して、脳の複雑さを理解することです」と、この研究の共著者で、OIST計算脳科学ユニットを率いるエリック・デシュッター教授は述べています。「私たちのモデルは、これまでのどのシステムよりも、小胞サイクルに関する分子的そして空間的な詳細情報を、より迅速に提供します。さらに、異なる細胞種やシナリオにも適用可能です。これは、完全な細胞や組織のシミュレーションという科学的な目標に向けた大きな前進です。」

「私たちは20年以上にわたりシナプスの研究を進めてきましたが、機能に関わるいくつかの過程については、実験で検証するのが困難でした。OISTと協力し、数年にわたって実験と計算機シミュレーションの微調整を行ってきた結果、特に神経疾患の文脈において新たな仮説を検証するためのモデルを確立することができました」と、UMG神経感覚生理学部門のディレクターであり、本研究の共著者でもあるSilvio Rizzoli教授は語ります。

シナプス小胞サイクルとは?

小胞サイクルとは、神経伝達物質(化学信号)が、シナプス(神経細胞同士の接合部)で放出され、細胞間で情報伝達を行う一連の過程のことです。神経伝達物質を含んだ小胞は、細胞の膜に近づいて中身を放出し、その後、再び回収されて再利用されます。この過程は、脳の中で起こる電気的な刺激によって引き起こされ、複雑な調整のもとで働いています。

神経細胞は、そのときの状況に応じて、さまざまな量の神経伝達物質を、異なるタイミングで放出する必要があります。こうした繊細な調整を可能にするために、いつでも放出の準備ができる小胞は、全体のうち10~20%ほどに限られています。これらは「再循環プール」と呼ばれ、すぐに使える状態にあります。一方で、残りの多くの小胞は「貯蔵プール」として、細胞内にまとめて保存されています。

この過程の多くの部分、特にシナプス小胞が貯蔵プールと再循環プール間で移動する仕組みは、これまでほとんど知られていませんでした。

高頻度刺激における小胞再利用のメカニズム

本研究では、海馬シナプスにおける小胞再利用プロセスに新たな光を当てました。本モデルでは、実験的に観測された発火頻度での小胞の挙動を確認するとともに、より高い頻度での挙動を調査することを目的としました。

研究チームは、小胞サイクルが自然界で通常見られる範囲を遥かに超える高刺激頻度でも機能することを発見しました。また、この頑強なサイクルの背景にある要因の一部を特定し、シナプシンIとトモシンIという鍵となるタンパク質が、集積した貯蔵プールからの小胞放出を調節する役割を明らかにしました。

研究チームはまた、小胞サイクルの効率が分子テザリングに依存していることを指摘しました。テザーで小胞を膜に物理的に接続することで、迅速なドッキングと神経伝達物質の放出のための小胞の即時供給が可能になります。

これらの重要な発見は、多くの疾患に関与する小胞再利用のメカニズムに対する理解を深めます。

デシュッター教授は次のように説明しています。「人間は物事をシンプルに設計しようとします。しかし、自然界では進化は複雑さへと向かいます。これが、脳機能に不可欠な多くの複雑なプロセスが存在している理由です。モデル化を通じて、こうした複雑な仕組みを理解できることには大きなやりがいがあり、意義が大きいと感じています。」

「ボツリヌス中毒や一部の筋無力症候群など、多くの疾患は神経伝達物質の放出を妨げます。うつ病や他の重大な神経疾患の治療法も、しばしばシナプス伝達に焦点を当てています」とデシュッター教授は説明します。「数理モデルをの開発と発展は、新たな治療法の発見や、脳の働きに対する根本的な理解を深めるための幅広い応用が期待されます。」


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