image: ヒアルロン酸合成量の増加はカドミウムによるJNK–c-Jun経路の活性化を介したヒアルロン酸合成酵素3(HAS3)の特異的な発現誘導による。 view more
Credit: 山本 千夏 博士
東邦大学薬学部衛生化学教室の白井美咲大学院生、原崇人講師、山本千夏教授らの研究グループは、毒性重金属として知られるカドミウムが血管内皮細胞の産生するヒアルロン酸合成量を増加させることを明らかにし、その機構としてヒアルロン酸合成酵素3(HAS3)の発現誘導が関与することを見出しました。我が国ではイタイイタイ病の原因物質として知られているカドミウムが、動脈硬化症の危険因子であることは多くの疫学調査で報告されています。今回の成果は、ヒアルロン酸の合成を介しての動脈硬化進展を加速するというカドミウムの持つ毒性機序を明らかにしたものです。
この研究成果は、2025年1月20日に雑誌「Toxicology」にてオンライン版が公開されました。
発表者名
白井 美咲(東邦大学大学院薬学研究科医療薬学専攻 博士課程2年、日本学術振興会特別研究員DC)
原 崇人 (東邦大学薬学部衛生化学教室 講師)
鍜冶 利幸(東京理科大学 名誉教授)
山本 千夏(東邦大学薬学部衛生化学教室 教授)
発表のポイント
- 血管内皮細胞のヒアルロン酸合成量がカドミウムによって増加することを明らかにしました。
- ヒアルロン酸合成量の増加はカドミウムによるJNK–c-Jun経路の活性化を介したヒアルロン酸合成酵素3(HAS3)の特異的な発現誘導によることが示されました。
- カドミウムが血管内皮細胞におけるHAS3の発現バランスに変調を来すことで、動脈硬化をはじめとする炎症性の血管疾患の進行を加速させることが考えられます。
発表内容
血管の内腔を覆う内皮細胞は血流にのった様々な化学物質に直接触れる細胞であり、血管内皮細胞が慢性的にダメージを受けることは、動脈硬化をはじめとする心血管疾患に繋がります。イタイイタイ病の原因物質として知られるカドミウムは、現在では厳しい環境規制によって使用排出量は大幅に減少しただけでなく、食品中(玄米)における基準値の改正もあり、短期間で高濃度のカドミウムに曝露する機会はほとんどなくなりました。しかしながら、現在でもコメ、カカオ(ナッツ類)、たばこ葉などの農作物中に微量ながら含まれているため、私たちはそれらを介して気づかぬうちに低濃度のカドミウムに長期間曝露しています。このような低濃度のカドミウム曝露による健康影響は、すぐに顕在化するわけではありませんが、カドミウムは血管内皮細胞に対する強い傷害性を有するため、動脈硬化に対するリスク因子として知られています。これまで研究グループは、培養血管内皮細胞を用いた研究から、カドミウムに曝露した血管内皮細胞では長鎖直鎖型の糖鎖であるコンドロイチン/デルマタン硫酸の糖鎖長が長くなることを明らかにしておりました(Hara et al., J. Toxicol. Sci., 2023)。しかし、その他の糖鎖の長さがカドミウムにより変化するかは不明でした。
コンドロイチン/デルマタン硫酸と同じく長鎖直鎖型の糖鎖であるヒアルロナン(ヒアルロン酸)は、皮膚の保湿成分として広く知られ、化粧品や健康食品などにも利用されています。生体内においてヒアルロン酸は、細胞の表面に存在する全3種類あるHASによって合成され、どのHASから合成されるかによって長さが変わり、安定性や機能が異なることが知られています。血管においては動脈硬化の初期病変部で強く誘導されたHAS3が短いサイズのヒアルロン酸(Mr100,000~1,000,000)を合成し、免疫細胞を活性化させることによって炎症反応を促します。その一方で、HAS2はそれよりも長いサイズのヒアルロン酸(Mr200,000~2,000,000)を合成することで、HAS3由来ヒアルロン酸の合成を抑制し、健康な血管の保護作用に寄与すると考えられています。研究グループは、ヒアルロン酸の長さに着目して解析を行うことで、カドミウムに曝露した血管内皮細胞では、糖鎖長の短いヒアルロン酸が特異的に増加することをラジオクロマトグラフィー(注1)等を用いて発見しました。また、このときHAS3のタンパク質およびmRNA発現も特異的に誘導されることに加えて、その誘導機構としてJNK–c-Jun経路が利用されることを明らかとしました。
本研究は、カドミウムが血管内皮細胞において多様な糖鎖合成のバランスを破綻させることを明らかにし、HAS3の発現誘導とそれを介した糖鎖長の短いヒアルロン酸合成量の増加が心血管疾患の発症につながる可能性を提示しました。
発表雑誌
雑誌名
「Toxicology」(2025年1月20日)
511巻、154062
論文タイトル
Cadmium promotes hyaluronan synthesis by inducing hyaluronan synthase 3 expression in cultured vascular endothelial cells via the c-Jun N-terminal kinase–c-Jun pathway
著者
Misaki Shirai, Takato Hara, Toshiyuki Kaji, Chika Yamamoto* (*責任著者)
DOI番号
10.1016/j.tox.2025.154062
論文URL
https://doi.org/10.1016/j.tox.2025.154062
用語解説
(注1)ラジオクロマトグラフィー(Radiation chromatography)
放射線を利用して物質を分析するための方法。一般的なクロマトグラフィーと似ているが、放射線標識された物質を使って、成分の分離や定量を行うのが特徴である。放射線標識、クロマトグラフィーの実施、放射線の検出の手順で実験は行われ、非常に低い濃度の物質や、他の方法では検出が難しい物質の分析に特に有用である。
Journal
Toxicology
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Cells
Article Title
Cadmium promotes hyaluronan synthesis by inducing hyaluronan synthase 3 expression in cultured vascular endothelial cells via the c-Jun N-terminal kinase–c-Jun pathway
Article Publication Date
20-Jan-2025
COI Statement
The authors have no conflicts of interest to declare.