News Release

老化細胞による炎症促進を担う酵素「ACLY」の発見

Peer-Reviewed Publication

Kumamoto University

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ACLY is crucial for establishing and maintaining the pro-inflammatory SASP. The ACLY-BRD4 axis enhances the aging-related inflammatory response. Therefore, inhibiting the ACLY-BRD4 axis helps create the pro-inflammatory microenvironment in senescent cells.

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Credit: Mitsuyoshi Nakao, Kan Etoh, Kumamoto University

 我が国の高齢化は、世界に類を見ないスピードで進展し、今後も延長した平均寿命が続くことから、“健康を維持しながら老いる”健康寿命が重要になっています。身体を構成する多くの細胞は、分裂を繰り返して増えると、やがてその細胞自体の機能は低下して増殖を停止します。これを「細胞老化」とよんで、全身の老化と慢性炎症に関わる重要な要素と考えられています。細胞老化は、放射線や紫外線などの物理的なストレス、薬剤などの化学的なストレスによってゲノムDNA が損傷を受けると促進されることが知られていますが、老化のメカニズムはまだよく分かっていません。しかも、細胞老化には良い点も悪い点もあります。細胞が「がん化」を始めると、細胞老化が生じてがんの発生を防ぐ役割をしています。他方、細胞老化によって多くの病気( 認知症、糖尿病、動脈硬化など) が起こりやすくなります。したがって、細胞老化は適切に制御されることが重要です。

 老化細胞は増殖能を失いますが、 近年、 老化細胞がさまざまな炎症性タンパク質( サイトカイン、 ケモカインとよばれます) を分泌して周囲の細胞に働きかけて、 慢性的な炎症やがん細胞の増殖を促進することが注目されています。この特徴は細胞老化関連性分泌表現型( SASP)とよばれています。 このように、 老化細胞はアクティブに働いているので、細胞老化は、身体全体の老化の原因になると考えられるわけです。例えば、老齢マウスの体内には老化細胞が蓄積していきますが、これらを除去すると全身の老化が抑えられて改善するという報告があります。このため、薬剤による「セノリティクス」( 老化細胞除去) が注目されています。ところが、体の中で老化細胞は一定の役割を果たしていて、老化細胞が除去されると、その隙間を埋めるように組織の線維化が進んで機能低下するという報告もあるため、世界中でさまざまな研究が進行中にあります。つまり、細胞老化と SASP を制御できれば、全身の老化の進度を調節できる可能性があります。

 本研究グループは、「エピジェネティクス」とよばれる学問の観点から、細胞老化のメカニズムについて研究を進めています。エピジェネティクスは、すべての遺伝子の働き方( ON/OFF) を明らかにする研究分野であり、生命現象や病気の発症、さらに老化にも密接に関わると考えられます。ヒトの設計図に当たるゲノムには、約 2 万 5 千個の遺伝子があります。我々はヒト線維芽細胞( すべての組織・器官に存在する細胞種) の老化に関わる因子を幅広くスクリーニングして、複数の因子を同定しました。現在までに、老化細胞では「 RBがん抑制タンパク質 」に よってミトコンドリアの代謝機能が著しく上昇していること( 2015 年) 、「SETD8 メチル基転移酵素」および「NSD2 メチル基転移酵素」などが細胞老化を防ぐ役割をもつこと( 2017 年、2020 年)を報告しました。

 正常な細胞は、何度も分裂して複製した後に増殖を停止します( 複製後の細胞老化)。また、がん遺伝子が活性化してがん化が始まると、それを阻止するために老化がおこります( がん遺伝子で誘導される細胞老化)。最新のシークエンサー解析とバイオ情報解析を用いて、すべての遺伝子発現を網羅的に調べる中で、「ACLY」( クエン酸からアセチル CoA を合成する酵素)が増加することを見出しました。これまで、ACLY はアセチル CoA を用いた細胞代謝やヒストンのアセチル化を通して遺伝子の働きを調節することが報告されています。とりわけ、ゲノム DNA に巻き付く「ヒストン」タンパク質がアセチル化されて、その近傍の遺伝子の働きを促すことが知られています。しかし、 ACLY と細胞老化の関連性や標的となる遺伝子群は分かっていません。そこで、線維芽細胞において、ACLY の遺伝子の働きを抑えるノックダウン( RNA 干渉法) を行ったところ、細胞老化の途上の細胞および完成した老化細胞で、炎症性タンパク質の遺伝子の働きが選択的に抑制されることが分かりました。つまり SASP が選択的に阻止されました。さらに、ACLY の酵素活性を阻害する薬剤を用いると、同様に SASP と炎症反応が抑制されることを確認しました。つまり、ACLY 阻害で細胞老化の SASP が阻止されることが明らかになりました。次に、老化細胞における ACLY の役割を詳しく調べた結果、①ACLY が働いてヒストンがアセチル化されると、アセチル化ヒストンに結合する BRD4 タンパク質が働いて、炎症性タンパク質の遺伝子の働きが促進されること、② ACLY阻害剤または BRD4 阻害剤を用いて、老齢マウスの炎症反応が抑制できること、③とくに老齢マウス( 80 週齢) の肝臓や腎臓で、転写因子 STAT1 を介するインターフェロン経路が抑制されて炎症が抑制されること、が分かりました。老化細胞では、炎症性タンパク質の遺伝子近傍に位置するヒストンが ACLY 由来のアセチル CoA を用いてアセチル化されているわけです。このため、ACLY 阻害剤または BRD4 阻害剤を用いて、慢性炎症を引き起こす SASP が選択的に阻害されること( セノスタティクス) が明らかになりました。

 今回の研究成果は、ACLY が細胞老化の SASP を確立・維持するという発見を契機として、細胞老化の基本メカニズムを明らかにしたものです。細胞老化のしくみ解明や、老化細胞を維持したまま、慢性炎症を引き起こす SASP だけを選択的に制御する手法の開発に役立つと期待できます。


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