[背景]
tRNAは、ヒトの遺伝情報( 核酸配列) を物質( タンパク質) に変換するアダプター分子です。ヒトのtRNAにはメチル化など40種類以上の修飾があります。これらの大量の修飾は、細胞内で100種類ほどのタンパク質により入れられます。tRNAの修飾を担うタンパク質のうち30種類以上について、変異すると知的障害やてんかんをはじめとする脳・神経疾患が引き起こされることが知られます。しかし、これらの脳・神経疾患が発症する具体的なしくみは大部分がわかっていませんでした。ヒト細胞内に存在する数百種類のtRNAのうち約4割において、その9つ目の塩基には、TRMT10Aという酵素により1-メチルグアノシン( m1G)というメチル化修飾が入れられます。TRMT10Aも、変異により修飾機能を失うと小頭症と知的障害が発症することが知られていましたが、具体的な発症のしくみは未解明でした。
[研究の内容と成果]
研究グループは、TRMT10Aを欠損したマウスを作製し、脳内の全tRNAの量を個別に測定した結果、TRMT10A欠損マウスでは2種類のtRNAの量が減少していることがわかりました。具体的には、タンパク質合成の開始に必要な「開始メチオニン tRNA」の量と、グルタミンというアミノ酸を運ぶ「グルタミンtRNA」の一種の量が顕著に減少していることを見出しました。加えて、脳で特定の遺伝子のタンパク質合成の開始反応が低下していることと、タンパク質合成時にグルタミンの遺伝暗号が認識されにくくなっていることも明らかにしました。さらに、脳の中で特に神経関連遺伝子のタンパク質合成効率が遺伝子ごとに乱れ、神経細胞同士が接続するシナプスの構造が小さくなり、シナプスの可塑性( 神経伝達の記録機能)が低下し、マウスの記憶学習能力が低下していることを解明しました。興味深いことに、全身の組織で開始メチオニンtRNAとグルタミンtRNAの一種の量の低下が見られましたが、組織としての機能低下は脳のみで見られ、肝臓や腎臓、膵( すい)臓の機能低下は観測されませんでした。
ヒトのTRMT10A欠損細胞でも開始メチオニンtRNAとグルタミンtRNAの一種の量が顕著に減少していることも確認しており、マウスを用いて解明したことの大部分はヒトのTRMT10A欠損患者でも同じように起きている可能性が十分に考えられます。
[展開]
tRNAの修飾を担う様々なタンパク質のうち約30種類について、そのうち1 つでも失うと脳・神経疾患が引き起こされることが知られますが、発症の詳細なしくみはほとんどわかっていませんでした。研究グループは、以前に他のtRNAメチル化酵素( FTSJ1) についてその欠損が知的障害を引き起こすしくみを解明しました( 永芳、中條、富澤ら.2021) 。TRMT10A欠損マウスとFTSJ1欠損マウスを比べると、両者で共通して、( 1 ) 特定のtRNA量の減少およびそのtRNAによる遺伝暗号の翻訳低下、( 2 ) シナプスの構造と機能の異常、( 3 ) 脳組織の機能低下と他組織の機能維持が見られました。一方、TRMT10A欠損マウスとFTSJ1欠損マウスで異なる点として、FTSJ1欠損マウスでは脳だけで特定のtRNAが減少するのに対して、 TRMT10A欠損マウスでは全身でtRNAが減少しました。今回の研究成果から、全身でtRNA量が減った際にも他の組織と比べて特に脳組織の機能が低下しやすいことが明確に示されました。今後は、修飾を失っても脳のtRNA量の減少を抑えれば脳組織の機能低下を抑えられるのかを検証することで、将来的に、tRNA修飾の欠失で発症する知的障害の治療につながる可能性が期待されます。
Journal
Nucleic Acids Research
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Animals
Article Title
TRMT10A dysfunction perturbs codon translation of initiator methionine and glutamine and impairs brain functions in mice
Article Publication Date
2-Jul-2024
COI Statement
The authors declare no conflicts of interest