News Release

「Mst1によるFoxO1およびC/EBP-βのリン酸化は心筋細胞における細胞保護機構を刺激する」 ― 心不全に対する治療法を開発する端緒として期待 ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

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Mst1 causes the transport of FoxO1 from the cell cytoplasm to the nucleus by phosphorylating it. This is shown by the colocalization of the green and the blue stain when Ad-Mst1 is added.

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Credit: Department of Cardiovascular Medicine, TMDU

 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学分野の前嶋康浩准教授とラトガース・ニュージャージー医科大学(米国)細胞生物学講座の佐渡島純一主任教授の研究グループは、スタンフォード大学(米国)、忠北大学校(韓国)との共同研究で、FoxO1転写因子がMst1キナーゼによってリン酸化されるとC/EBPβ転写因子と協調して細胞保護的に働くことを発見し、このメカニズムを介して心保護的に働くことを見いだしました。 この研究は文部科学省科学研究費補助金、米国公衆衛生局研究助成、米国心臓協会研究助成、Leducq財団ならびに万有生命科学振興国際交流財団(現 MSD生命科学財団)の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Nature Communications (ネイチャー コミュニケーションズ)に、2024年7月25日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】
 細胞内の様々な機能を調節しているFoxO1は、リン酸化やアセチル化などの翻訳後修飾によって厳密にコントロールされており、その制御系の異常は心不全、悪性腫瘍、糖代謝異常といった様々な疾患に関与しています。また、FoxO1は長寿関連転写因子として知られており、抗酸化作用を促進するなどして細胞の生存を維持する方向に働きます。その一方、FoxO1はアポトーシスを促進する働きも有しており、この二面性がどのように制御されているのかについては全く解明されていませんでした。
 Mst1はHippoシグナル経路※4の主要制御因子であるほか、様々な基質をリン酸化することによってHippoシグナル経路とは独立したメカニズムで細胞内の機能を制御しています。実際、Mst1はHistone H2Bをリン酸化してクロマチン凝集を促進することによってアポトーシスを促進することが知られており、研究グループは以前にMst1がオートファジー制御因子Beclin1をリン酸化してオートファジーを抑制することを報告しています(https://first.lifesciencedb.jp/archives/7831)。また、Mst1はFoxO1の核内移行を促進することで神経細胞のアポトーシスを誘導する一方でC. elegans※5ではMst1オルソログ※6cst-1がFoxOオルソログDAF-16のリン酸化を介して寿命の延長に寄与することも知られていますが、このMst1を介したFoxO1の相反する機能を制御するしくみについても未解明のままでした。
 このような背景を踏まえ、今回研究グループはFoxO1を介した細胞の生存に関わる遺伝子の発現がMst1によってどのようにして制御されているのかについて検討しました。

【研究成果の概要】
 まず、研究グループはMst1がFoxO1をリン酸化してその核内局在を促進することによりFoxO1をユビキチン-プロテアソーム系※7による分解から保護する一方で、FoxO1の核内におけるDNA結合能を低下させることを見いだしました。次に、FoxO1がMst1による心筋細胞死の誘導に対して抑制的に作用していることも見いだしました。さらに、FoxO1とMst1を共発現させると抗酸化遺伝子の転写が活性化される一方で、細胞死に関連した遺伝子の転写は抑制されることが分かりました。このメカニズムを理解するためにFoxO1の標的遺伝子のプロモーター※8配列を解析したところ、抗酸化因子CatalaseをコードするCatなど複数の抗酸化因子をコードする遺伝子のプロモーターにはFoxO結合部位だけでなくC/EBP-β結合部位が存在する一方、アポトーシス促進因子FasLをコードするFaslgなど複数の細胞死に関連した遺伝子のプロモーターにはFoxO結合部位は存在するがC/EBP-β結合部位は存在しないことがわかりました。さらに、今回私たちは核内にFoxO1が存在している条件のもとでMst1はC/EBP-βのThr299(ヒト)/250(マウス)/251(ラット)をリン酸化することと、C/EBP-βのホモ2量体化を促進することによって抗酸化遺伝子の発現を増加させることを発見しました。さらに、4時間虚血に曝されたマウスの心筋組織を比較検討したところ、野生型マウスと比較して心筋特異的FoxO1ノックアウトマウスと心筋特異的C/EBP-βノックアウト(C/EBP-β cKO)マウスではともに心筋梗塞巣サイズが有意に増加しました。一方、C/EBP-β cKOにFoxO1を過剰発現させても心筋梗塞巣サイズが低減しなかったものの、C/EBP-βのリン酸化模倣変異体を導入したC/EBP-β-T250Eノックインマウスでは野生型マウスと比較して心筋梗塞巣サイズが有意に低減しました。これらの動物モデルの心筋組織を用いてChIPシーケンス解析※9を行ったところ、Mst1によりリン酸化されたC/EBP-βは抗酸化遺伝子プロモーターへの結合が強化されることと、FoxO1とC/EBP-βが抗酸化遺伝子プロモーター上で結合が競合する可能性があることが示されました。
 以上の結果より、Mst1はFoxO1のリン酸化を介してそのDNA結合能を低下させることでアポトーシス促進作用を抑制する一方でC/EBP-βの転写活性を促進して細胞保護機能を高め、自らの有するアポトーシス促進作用に負の制御を行っていることを明らかにすることができました。

 

【研究成果の意義】
 Mst1によるFoxO1およびC/EBP-βのリン酸化は、心臓におけるMst1を介した細胞死を誘導する機能を緩和する負のフィードバックメカニズムであることを解明することができました。我々の研究で、Mst1は、心臓で細胞死を促進するだけでなく、細胞死を強力に抑制する作用も持ちあわせることがわかりました。2つの対照的なメカニズムのうち、Mst1に作用して後者のみを選択的に促進させるような薬物を開発できれば、心不全の促進を効果的に抑制することが予想されます。増加し続ける心不全患者に対する新規治療の開発は社会における喫緊のニーズでありますが、本研究成果はそのニーズに応える一助になるものと考えています。さらに、Mst1およびFoxO1の制御異常は心疾患に限らず、悪性腫瘍、神経変性疾患や糖尿病、脂肪肝、動脈硬化症などの発症にも深く関わっていることが知られていますので、本研究で得られた知見は心臓領域の治療応用に限らず、広く他の疾患へ応用していくことが可能であると考えられます。

【用語解説】
※1 Mst1 (Mammalian STE20-like kinase 1)・・・・・・・・酵母のSTE20やショウジョウバエのHippoに相当する、哺乳類に存在するセリン/スレオニンキナーゼ。
※2 FoxO1 (Forkhead box protein O1)・・・・・・・・フォークヘッド型とよばれる特徴的なDNA結合ドメインを有する転写因子。
※3 C/EBP-β (CCAAT/enhancer-binding protein beta)・・・・・・・・塩基性アミノ酸の領域とロイシンジッパーを持った転写因子。
※4 Hippoシグナル経路・・・・・・・・細胞増殖および分化を調節し、TEF転写因子の制御を介して組織の発達や器官の大きさの調節に重要な役割を果たす細胞内シグナル経路。
※5 C. elegans (Caenorhabditis elegans)・・・・・・・・約1mmの非寄生性の線虫(線形動物門)の一種。
※6 オルソログ・・・・・・・・共通の祖先遺伝子から種分岐に伴って派生した相同な遺伝子。
※7 ユビキチン−プロテアソーム系・・・・・・・・タンパクに付加されたユビキチン鎖をプロテアソームが認識し、ATP依存的に迅速かつ不可逆に標的タンパクを分解するシステム。
※8プロモーター・・・・・・・・ゲノム中の遺伝子の転写が開始される際に機能する領域であり、転写開始部位として機能する。
※9 ChIPシーケンス解析・・・・・・・・転写因子やヒストンとDNAの複合体を抗体で免疫沈降して濃縮精製したDNA断片をシーケンスすることで、転写因子と相互作用しているDNA領域や特定のヒストン修飾が濃縮されるDNA領域を明らかにする解析手法。
 


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