[背景]
物質は電流の流れやすさにより、金属・半導体・絶縁体に分けられます。絶縁体は電流がほとんど流れない物質ですが、外部から電圧が印加されると誘電分極※1が生じます。このように、電流の流れにくさに着目した場合を絶縁体、誘電分極に着目した場合を誘電体といいます。特に、誘電体の中で、圧力を印加したときに電荷が発生する性質(正圧電効果)、もしくは電圧を印加したときに歪み(変形)が発生する性質(逆圧電効果)を持つものを圧電体といいます。圧電体は、センサやアクチュエータ、振動子、超音波診断装置などに利用されており、電子機器には欠かせないものとなっています。
圧電体の研究は古くから盛んに行われており、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)は大きな圧電性を示す商用的に主要な材料です。ところが、近年は環境保護と安全性の観点から非鉛系圧電体の開発が求められるようになっており、PZTに代わる材料としてチタン酸バリウム(BaTiO3)やビスマスフェライト(BiFeO3)などが研究されています。なかでもBaTiO3は積層セラミックコンデンサ※2に応用されていることや、高誘電率※3および低誘電損失※4であることから、高い可能性を秘めた材料として位置付けられています。BaTiO3の圧電性を高めるため、数多くの研究が行われているものの、未だ鉛ベース材料の圧電性には及んでいないのが現状です。
[研究の内容と成果]
本研究では、ナノサイズの孔(ポーラス)構造を有するナノポーラスBa0.85Ca0.15(Ti0.9Zr0.1)O3 (BCZT)薄膜を合成し、圧電特性など詳細な実験をしました。圧電体では、応力、歪み、電場、電気変位が圧電効果により相互に関係しています。圧電特性を表す指標である圧電定数のなかで、圧電歪定数dijがよく用いられます。dijは2階のテンソルで、iは電極面の法線方向、jは応力方向もしくは歪み方向を表します。d33の場合、電極面の法線方向が3軸(Z軸)方向、歪み方向が3軸(Z軸)方向であることを表しています。今回対象としたナノポーラスBCZT薄膜では、d33が約7500 pm V-1となり、ポーラス構造を持たないバルク(ノンポーラス)BCZT薄膜の10倍以上を示しました(図1)。加えて、この値は鉛ベースのPZTセラミックスの一桁以上大きな値となり、巨大な圧電特性を持つ材料を開発しました。
一方、格子歪みの定量解析により、ナノポーラスBCZT薄膜では30%の歪みが生じていることが観測されました(図2)。これは、バルクBCZT薄膜の約10倍であり、ナノポーラスBCZT薄膜のd33がバルクBCZT薄膜の10倍であることと一致しています。本研究において、ナノポーラスBCZT薄膜が大きな圧電特性を示した理由として、ポーラス構造の導入により、結晶格子に大きな歪みが生じたためであると考えられます。
[展開]
機能性材料を開発するうえで構造制御は非常に重要です。構造制御には多様な手法があり、本研究はナノレベルでの構造制御により圧電特性の向上に寄与し、従来の代表的な圧電体である鉛ベースのPZTセラミックスを凌駕する材料の開発に成功しました。近年、熱や振動など密度の低い多様なエネルギーを効率よく収集して電気エネルギーに変換する「高密度エネルギーハーベスティング」が着目されています。本成果は、化石燃料に代わる再生可能エネルギーとして、高密度エネルギーハーベスティングに大きく貢献することが期待されます。
[用語解説]
1. 誘電分極
誘電体に外部から電場を印加すると、誘電体内の原子や分子の正電荷(陽子)および負電荷(電子)が同じ方向に整列します。これにより、誘電体内部の正電荷と負電荷はキャンセルされ、プラス電極に近い誘電体表面に負電荷、マイナス電極に近い誘電体表面に正電荷が残り、誘電体全体として電気的な偏りが生じる(分極する)現象です。
2. 積層セラミックコンデンサ
誘電体層と内部電極が交互に何層にも積層されたセラミックスのコンデンサ。電流のノイズ除去や電源電圧の平滑化などに利用されます。スマートフォンには1000個/台、自動車には約8000個/台搭載されています。
3. 誘電率
分極のしやすさを表す物理量。誘電率が高いほど電荷を貯める能力があるため、コンデンサの材料として有能です。
4. 誘電損失
誘電体に電場を印加したとき、電気エネルギーの一部が熱エネルギーとして失われる現象。一般に高周波領域ほど誘電損失が大きくなります。
Journal
Chemical Science
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
Giant piezoresponse in nanoporous (Ba,Ca)(Ti,Zr)O3 thin film
Article Publication Date
22-Apr-2024
COI Statement
The authors declare no conflicts of interest