南極の氷から宇宙を“観る”〜ニュートリノで探る宇宙探査のネクストステージ
※記事に記載された所属、職名、学年、企業情報などは取材時のものです
Chiba University
image: High-energy phenomena, which occur in the universe beyond human creation, remain mysterious in terms of their mechanisms. Through various observations, Professor Aya Ishihara aims to elucidate the origins and locations of these extraordinary events.
Credit: Aya ISHIHARA/IMO, Chiba University
なぜ光では観測できないのか? ニュートリノで迫る宇宙線の起源
――IceCubeプロジェクトの概要について教えてください。
IceCubeとは、南極の厚い氷そのものを巨大な検出器として使い、遠方の宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノを捉える2025年時点で世界最大の宇宙ニュートリノ望遠鏡です。
IceCubeプロジェクトが目指しているのは、宇宙線の起源となる高エネルギー天体を見つけ、宇宙線がどのように生み出されるのかという長年の謎を解明することです。
氷に埋め込まれた光検出器で、ニュートリノが物質とわずかに相互作用した際に生じるチェレンコフ光*を検出。その飛来方向や発生時間、電磁波観測など複数の観測データを組み合わせて天体源を特定し分析する――この研究分野をマルチメッセンジャー天文学と呼びます。
私は建設が始まった翌年の2005年1月に参加しました。現在は運営中心メンバー、また高精度光検出器の開発責任者として関わっています。
*チェレンコフ光: 高エネルギーの荷電粒子が、水やガラスなどの透明な物質の中を、光の速度よりも速く進むときに発生する光。人の目には青白く見えるが、実際には紫外線なども含む幅広い波長を持つ。この光を観測することで、高エネルギー粒子や宇宙線の性質を調べることができる。
――なぜニュートリノ観測が、高エネルギー天体の解明に必要なのでしょうか。
宇宙には、ビッグバンの名残である宇宙背景放射や星々が放つ光が満ちており、いわば光の霧の中にいるような状態です。高エネルギー天体では宇宙線、ガンマ線、ニュートリノが生成されますが、宇宙線は磁場で進路を曲げられ、ガンマ線は光の霧とぶつかって消滅してしまう。しかしニュートリノはほとんど物質と相互作用をしないため、遠方からでもまっすぐ地球に届くことができます。そのニュートリノを捉えることで、光では見えない高エネルギー天体が特定できるのです。
――これまでの研究で特に重要な成果についてお聞かせください。
まず2013年に宇宙からの高エネルギーニュートリノを世界で初めて検出し、英国科学誌Physics Worldが選ぶ、その年で最も物理学の進展に決定的なインパクトを与えた成果”Breakthrough of the Year”に選ばれました。その後、2018年にはブレーザー型銀河*を初のニュートリノ源として同定しました。これは、正体不明だった高エネルギーニュートリノがどこから来たのかを初めて突き止めた点において、大きな成果です。また、2023年には天の川銀河の中心方向から広がるニュートリノ放射も観測 。この成果により、私たちの銀河そのものが高エネルギー粒子を生み出す活動的な天体であることを初めて示すことができました。さらに2021年には、1960年代に予言されていた「グラショー共鳴*」を初めて実証して、宇宙からのニュートリノに反電子ニュートリノが含まれることを証明するなど、いくつものブレイクスルーをもたらしています。
*ブレーザー(Blazar)型銀河:中心に超巨大ブラックホールを持つ「活動銀河核(AGN)」の一種で、光速に近い速度で噴出するジェットが地球に向かって真っ直ぐ伸びている銀河のこと。 エネルギーが強い天体の一つであり、非常に激しい変動を示すことが特徴。
*グラショー共鳴:宇宙から飛来した反電子ニュートリノが特定のエネルギーで衝突し、本来は巨大加速器でしか作れない「Wボソン」という粒子が自然界でも生まれる現象。1960年に物理学者シェルドン・グラショーが理論的に予測した弱い相互作用が、宇宙規模で初めて実証された。
――宇宙線誕生のメカニズム解明に向けた、次のステップを教えてください。
宇宙線のメカニズムを解明するには、さらに多くの高エネルギー天体を見つける必要があります。そのため、体積を約8倍、感度を5倍以上に向上させたGen2の開発が進行中です。同時にGen2への橋渡しとなるIceCubeのアップグレードも行っています。
性能×コスト×量産性──三重課題をどう解くか?
――Gen2実現への課題はありますか。
望遠鏡の性能は、氷の体積を大きくして、設置する検出器の数を増やすことで上げていくことができます。しかし南極の氷に地下2.5-3kmの深さまで穴を掘る作業は非常に高価です。全体の予算削減のためには穴の本数を減らし、掘削径を細くしてコストを抑える必要があります。
また、Gen2には現在の約2倍となる約1万個の検出器を使用します。このように機器を大量生産する場合、最先端の装置を1つ作る時とは違い、世界中で同じクオリティで作れるようにしなければいけません。コスト・性能・量産性――この3つの最適バランスを見つけることが難しいポイントです。
――どのような検出器の開発が進んでいるのでしょうか。
これまでに、私たち日本のチームが設計した D-Egg(ディーエッグ)と、ドイツ主導のmDOMの2種類の開発が行われてきました。D-Eggは縦長容器に上下2つの光検出器を搭載し、細い穴に収めつつ感度を向上。mDOMは24個の小型検出器を球状配置し、あらゆる方向の光を捉える構造。現在、この両方の利点を統合し、世界共通の1つのモジュールを作ることを目指しています。
――現在進行中の「アップグレード計画」とはどのようなものかお聞かせください。
アップグレード計画では、将来の系統誤差を抑えて検出器の精度を高めるため、既存のIceCubeの中心部にD-EggとmDOMを密に埋設し、より低エネルギーのニュートリノを観測するほか、氷の光学特性を調べる各種較正装置、地震研究にも貢献する高感度地震計なども設置していきます。これはIceCube検出器の観測可能エネルギー帯の拡大を担うとともに、Gen2の実現に向けた”性能保証”を行う重要なプロジェクトです。
――Gen2の実現によって、これまで見えなかった宇宙の、どのような姿が見えるのでしょうか。
望遠鏡の感度を上げることで、より多くの宇宙から飛んでくるニュートリノの検出が可能になります。そして5-10個の高エネルギー天体が見つかれば、宇宙全体での分布や加速メカニズムの全体像が見えてくることが期待できます。
『遠くに行きたい』――冒険心が導いた研究の道
――先生が宇宙研究に惹かれた原点を教えてください。
私は、遠くのこと、手の届かないものを考えることが昔から好きでした。小学生の頃から「遠くに行きたい」という気持ちが強くて、中学2年のときには新聞配達で貯めたお金で北海道まで一人旅に出たほどです。見えない、触れることができないものへの興味。宇宙に惹かれたのも、そういう感覚からだと思います。
今の私の目標は、宇宙で最も高いエネルギーを出す天体を見つけること。それを明らかにする手段は、今のところニュートリノを使う方法しかありません。
高エネルギー天体は、これまで電磁波で観測されている天体の1,000倍以上の高いエネルギーを放っていると予想されています。その発見を通して人類がまだ到達していない宇宙の姿を明らかにする。これがこの研究の面白さだと思っています。
――研究者を目指す学生さんへメッセージをお願いします。
研究者として生きていくには、何に興味を持てるのかを自分で見つける力が欠かせません。私の研究室でも、まずいろんな研究に触れて、自分の興味を探すことから始めてもらっています。
「自分が何に興味があるかわからない」と感じる人は、とにかくいろんな経験をしてみてください。自分が何にワクワクするのか――それは実際に経験しないとわかりません。
若いうちの「無駄な時間」は、後で必ず自分の「奥行き」になります。学生時代は失敗も許される貴重な時期。タイパやコスパを意識しすぎず、一見無駄に見えることにもどんどん挑戦して、自分の好奇心に耳を傾けてほしいなと思います。
Disclaimer: AAAS and EurekAlert! are not responsible for the accuracy of news releases posted to EurekAlert! by contributing institutions or for the use of any information through the EurekAlert system.